ゲーム理論による複雑ネットワーク形成の仕組みの解明と,その予測・制御のための方法論の構築

 情報通信や社会学,生物学など多様な分野において,その要素間の関係のトポロジ構造が複雑ネットワークと呼ばれる特性を持っていることが分かってきており,インターネットにおけるAS(Autonomous System) 間トポロジも,その一つとみられています. AS間トポロジは,高い判断能力を持った多数の管理者によって分散的かつ利己的に構築されたものですが,これまでの複雑ネットワーク生成の理論では,このような分散的・利己的なトポロジ形成が十分に表現しきれていません. 私は,複雑ネットワークを分散的・利己的な多主体複雑系の合理的行動の帰結として捉えており,その形成の仕組みの説明とその制御の方法論を構築するためのアプローチとして,ゲーム理論におけるネットワーク形成ゲームの枠組みが有用であると考えております.なぜならゲーム理論は,複数の主体が合理的に振る舞うときの帰結を予測し,さらにはその帰結をより望ましいものに制御していくための理論として有用であると考えているからです. 一方で,既存のネットワーク形成ゲーム研究は,現在のAS間トポロジのように大規模で多様な特性の下で発展したトポロジの形成の仕組みの解明には,まだ不十分であると言えます.

 現在私は,ゲーム理論と複雑ネットワーク形成の関係についての研究を行っています. 特に,インターネットにおけるAS間のトポロジ構造に注目し,ゲーム理論におけるネットワーク形成ゲームの枠組みをベースに,

  • ネットワーク形成ゲームの枠組みでのAS間トポロジ形成の表現
  • ネットワーク形成ゲームの観点から,AS間トポロジを高効率なものへ制御するための方法論の構築

という問題に関心を持って研究を進めており,既にネットワーク形成ゲームをベースに動学的ネットワーク形成モデルを提案しています[Imai,2010]. 下の図は,我々のモデルによって生成されたトポロジの例です.利己的な多数のエージェント同士の合意形成によって,時系列的にリンクが張られる様子が確認できます.

Example

私たちのモデルは,いくつかの設定の違いによって多様なトポロジを生成することができ,一部は複雑ネットワークの典型例とされるスケールフリーと呼ばれる性質を持つことが確認されています.
 私たちの動学的ネットワーク形成モデルは,多数の利己的なエージェントが分散的に設計しているというミクロな意味で,また現実の様々なトポロジが持つとされるスケールフリー性を表現しうるというマクロな意味で,複雑ネットワーク形成の妥当なモデルの1つとなり得ると考えています.

 理化学研究所 計算科学研究機構では,スーパーコンピュータ「京」を用いた社会シミュレーションの研究に取り組んでいます.JST CRESTの研究課題「超大並列計算機による社会現象シミュレーションの管理・実行フレームワーク」のメンバーとしても活動し,「京」を使った交通流シミュレータの大規模並列化に取り組んでいます.
 私たちのネットワーク形成モデルにおいても,現実に存在する規模の社会的・技術的ネットワークの形成をシミュレートするためには,大規模並列計算の技術が必要です.現在は,「京」をはじめとするスーパーコンピュータを用いた大規模並列計算の技術を生かして,大規模ネットワーク形成のシミュレーションのための準備にも取り組んでいます.

興味分野・関連分野

  • 確率論
  • 学習理論
  • 最適化の理論
  • 通信プロトコル関連技術
  • グラフ理論
  • ゲーム理論
  • 複雑系の理論
  • etc.

[Imai,2010] Tetsuo IMAI and Atsushi TANAKA, "A Game Theoretic Model for AS Topology Formation with the Scale-Free Property," IEICE TRANSACTIONS on Information and Systems, Vol.E93-D, No.11, pp.3051-3058, 2010.